修善寺の「也万波」と書いたら記憶に残っている方がいるでしょうか

(初訪問の記事はここです)

そこの女将さんが偶然にも

私の母と生年月日が同
じだったのが縁で

再訪の時に母を連れて行って、同じ年の二人が対面した・・と言ったら

思い出してくださる人もいるでしょうか

昨年12月の初旬のことでした


(その時の記事はここです)



そしてもうひとつ・・

今年に入った1月のある日、

ビタミンのコメント欄に来てくださったかたが

「也万波の女将さんが1月3日に急逝されたそうです」

教えてくださった事は

一部の方しか気がつかなかったかもしれません。

そう・・あの元気のいい也万波の名物とも言える女将さんが、

私たちと会って一ヶ月も経たないうちに、亡くなったのです

それを聞いたときの衝撃は勿論でしたが

その時に、ふと、

女将さんがあの日に言っていたことが思い出されました。

それは・・母と話しながら

「きょう、これからアメリカに住んでいる娘と孫が帰ってくるんですよ」

と言っていたことでした


詳しく聞いたわけではないけれど

なかなか会えない娘さんとお孫さんと、

年末年始には一緒に過ごせるのだろう事はわかって

「それはそれは良いですね~」と

カナダの息子一家の事と気持ちがダブりながら

話していた・・それをふと思い出したのです。


娘さんとお孫さんが帰国しているときに亡くなったということか。

そう思うと

私の中で・・悲しいという気持ちとは別に・・なんというか

どこかホッとした気持ちが沸いた事、白状します。

その事をビタミンに書きたいと思ったけれど

まずは近いうちに也万波を訪れて

息子さんに色々お聞きしてから書かせていただこうと思っていました。



ところが・・

それから日が過ぎた1月の下旬

コメント欄に鍵コメ希望で来てくださった方がいました。

それは、なんと・・アメリカに住む也万波の娘さんだったのです!


その時の私の驚き、想像できますか


娘さんは、うちの也万波の記事を見てくださって

お母様の急逝を知らせてくださいました

そして、ビタミンに載せた女将さんの画像を譲って欲しいと

言ってくださったのです。

娘さんは、帰国している間に女将さんの写真を撮ろうと思っていたのに

暮れに女将さんが倒れてしまい

とうとうそのままになってしまったと・・

ビタミンに載せたものが元気な最後の写真かもしれないと・・


私は、なんだかこのコメントが小さな奇跡のような思えて

コメント欄の鍵コメさんに返事を書きました。

それを読んだ方もいらっしゃるかもしれませんね。



そして・・・

娘さんとは、あれからメールでいろいろお話しています。

女将さんは、27日に脳出血で倒れられ、

一週間後の1月3日に旅立ったという事でした



娘さんがこんなことを言っていました

少しずつ覚悟を決められるよう

一週間という時間を貰って最期を看取ることが出来、

しかも学校の関係で

4日には帰国しなければならなかったお孫さん達も

最後の別れが出来

そして御自分は葬儀と四十九日も済ませ、

最初の予定通りのフライトで帰ることができたと。

奇跡ですよね・・・と娘さんがおっしゃいます

本当に・・本当に私もこの話をお聞きして

こんな奇跡があるのかしら・・と感動に近い想いでした。

横浜の母にも、その話は勿論しました。


始めに母に話したのは、まだ娘さんからの連絡がある前。

すぐにアメリカの娘さんの帰国の話を思い出したらしく

その時から

「幸せな亡くなり方をしたと思う」と言っていたのです。

そのあと、娘さんからのお聞きした詳細を伝えると

母は電話口で

「うらやましい~!

私もそういう最期が迎えられたらどんなに幸せか・・」と

しみじみ言うのです。

そう・・

女将さんは本当に幸せで天晴れで

奇跡的な最期だったのだと私も思うのです

こんな奇跡を話してくれた娘さんに

心から感謝・・


娘さんとは、これからも素敵なお付き合いができそう・・

そんな確かで嬉しい予感がしています。

これも・・女将さんからのプレゼント・・

そう勝手に思わせてもらっています。

近々

「也万波」にも伺おうと思っています。

今は亡き女将さんに、

娘さんとご縁をくださったお礼を

心の中でしたいと思っています。


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御冥福を心よりお祈りいたします



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by dansantokamisan | 2015-02-10 13:40 | 忘れられない話 | Trackback

「也万波」で、極上の時間を過ごした私たちは、

土肥温泉にある、今日の宿に向かいました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
実は、今回の西伊豆の旅は、

恒例のDさん太夫さんとのお泊まりオフだったのです。




今回もDさんが素敵な宿を見つけてくれて、私達は当日行けばいいだけの

オンブに抱っこの、お任せオフ会。

今年も楽しみで楽しみで♪カレンダーに印をつけて、この日を待っていました。

オフ会専用の連絡網で、当日の事をいろいろ打ち合わせしたり

ナビに宿の場所を入れたり・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



チェックインの3時

宿の駐車場がよくわからなかったので、電話しました。

「きょう、お世話になる者ですが」

この宿、2部屋しかない宿なので、きょうは私達4人だけの貸し切りです♪

だから、Dさんの名前は出しませんでしたが

電話の向こうの女将さんらしき人

「はいはい、いま、どの辺りまでいらしてますか?」と。


「 もう多分目の前かと。神社の前まで来ています

すると女将さん、ビックリしたように

「あら!そうですか!

6時頃になると伺っていましたが、お早かったですね。」
と。


え~?6時?


Dさんたら、何を勘違いしたのかしら・・


でも、女将さんは

「いえ、こちらは早くてもちっとも構いませんよ。どうぞどうぞ」

丁寧に駐車場までの道を教えてくれて、そこで立って待っていてくださると言う。

とても感じが良くて、私達も気を良くして、教えられた駐車場まで行きました。




そこに、先程の女将さんらしき人が待っていて、

私達が行くと

停める場所に誘導してくれながら・・

車のナンバープレートを見た瞬間、慌てて

「すいません、間違えました。

今ここでお客様の車を待っていたもので、スッカリそのお客様かと・・」


と、言うのです。


あ、(予約したDさんの所在地と違う)長野ナンバーだからだなと思って


「いえ、今の電話、私達です。」

そう言って、改めて

「お世話になります」とDさんの名前を出しました。


すると・・


女将さん、キョトンとした表情で


「・・・えっ?」っと一瞬、間が空き・・



そのあと




 「D様は明日のご予約ですよね・・・」













今度は私達が、一瞬、間が空き・・


いえ、間が空いたと言うより、固まって・・・。


そして、二人で顔を見合せ、


「・・・えっ?・・・」「え?・・・・・」

女将さんだって、私達に負けないくらい、ポカンとした顔



「え??」



それからは、さあ、大変!

女将さんは、宿に走って行って予約日の確認。

ダンさんは太夫さんとDさんに電話。

でももう、その時は

自分たちがあり得ないチョンボをしてしまったのだと

直感してしまったダンさん・・(そういうの、直感っていうのかぁ?)


すぐに連絡ついた太夫さんに

「オフ会、明日ですよね・・」という聞き方(^_^;)


太夫さんの答えは・・当然・・「そうですが?」


・・・ですよね・・はい・・(-_-;)

ダンさん、苦笑しながら訳を話してる・・

(太夫さん、どんな顔して聞いていただろう)


訳ったって・・訳なんかないけど・・

二人揃って、無類のドジを踏んだって話だけ。


ありえない事が起きた・・ううん、起こしてしまったって事だけ(^_^;)




Dさんにもメールしたら「言葉になりません」って返事(^_^;)

呆れて言葉が出なかったのか、同情で言葉が出なかったのか

どちらだったのか、怖くて今も聞けない(笑)





その頃、女将さんが予約表を持ってきて下さって、

Dさんの予約は確かに明日になっている事を見せてくださる。

はい、それを見なくても、もう解かってます。

私達が、どんだけオオバカか・・(T_T)

それより、女将さんをあんなに慌てさせてしまって、ほんと申し訳ない。



後日談ですが、女将さんも、この時、パニックになったそうです

お宿に飛んでって

「おとうさん!!(御主人です)、

もしかしてダブルブッキングしちゃったかも!」って

言ったそうです、ごめんなさ~~いm(__)m



とにかく、明日また改めてお世話になります・・って

・・・って言うっきゃないよね。


女将さんも「二日続けてお会いできるのも何かのご縁かも」などと

慰め?を仰ってくださって、あり難いやら心苦しいやら。



女将さんが、宿に帰ってから、私たちは車の中でしばらく呆然・・


「長野へ一度帰って明日出直すことになるのかなあ」って

考えていた・・

今思うと、無茶なことだし、他にもいろいろ方法があったけど

その時は少々パニクっていたんでしょうね・・当たり前だよね。



しばらくすると

また女将さんがやってきました。

「何度も顔を出してすいませんね~」っと言いながら。


そして「余計な事ですが・・」と前置きして

「きょう、遠くから見えるはずのお客様が

台風(19号)が来るからとキャンセルされたんです。

ですから、夕食のご用意は出来ませんが

朝食だけでよかったら部屋は御提供できますよ。

もしも他にお宿があったら一番いいですけれど、

連休で難しいかもしれませんから」


そして


「私は宿に戻っていますから、お二人で相談して・・」

そこでの即答を求めずまた宿に戻って行かれました。


私たちはそのご厚意にどんなに救われたでしょう・・

その押し付けないけれどさりげない親切が・・心底ありがたかった・・・




そんな話を太夫さんにメールで話したら、

今度は太夫さんが

太夫さんの伊豆の定宿に電話してくれて

キャンセルが無いか聞いてくれたのです。

なかなか予約が取れない人気宿で、

その日のキャンセルも無かったけれど

普段から私達にそこを奨めてくれてる太夫さん

「すごいチャンスだったのに・・」って残念がってくださって・・

ありがとうございますm(__)m

女将さんや太夫さんのお気持ちがすごく嬉しくて

パニックになりながらも

どっかで「今日はいい日だわ♪」なんて思っちゃって・・

人にサンザン心配掛けておいて呑気に・・・懲罰もんですな(^_^;)


でも、そうしたことで、ちょっと冷静に考えられるようになって

結局、ダンさんが「きょうは、ひとまず横浜に世話になろうよ」って。


伊豆と横浜・・決して近くは無いけれど

信州から比べたら、たいしたこと無い距離なのも確か・・

うん、そうね・・それがいいかも。



車の中から横浜に電話して、事情を話すと

電話の向こうで母が大笑い(^_^;)

お宿にお礼と横浜に行く旨を話して

明日の再会を楽しみに^m^





こうして私たちは

横浜に行き

お寿司とビールと温かいお風呂と

お腹を抱えて笑う母に迎えられ、

三人で「その事件」をツマミの宴会をしました(^^ゞ




「二人いたのに、どっちも気が付かないなんてね~」

「私より先にボケないでよね」

と、不思議そうな、可笑しそうな、面白そうな、楽しそうな母

ま、思いもかけずに

母のところに行かれたのだから、

やっぱり今日は「いい日」だったかも(コラコラ^^;)



それにしても・・

人生初の体験しちゃいました・・

「初」って・・「初」だけでたくさんです(笑)


二人してなんで気が付かなかったんだろね?

思い込みって、怖いですね~・・(^^ゞ

検証はこれからゆっくり(爆)

うんにゃ、笑ってる場合じゃないよ、

お騒がせしてしまった皆さん、本当にごめんなさい!m(__)mm(__)m

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by dansantokamisan | 2014-10-17 08:43 | 忘れられない話 | Trackback

私のビタミン

出先で

本当に偶然、

本当に久しぶりの友人に会った。




友人・・ブログに「無題」で書いた事のある彼女です

その後の彼女と私のことも「無題・その後」で書いたっけ・・

記憶してくれている方もいますよね。

あれは2008年の事だったのね・・随分昔のような、つい最近のような・・


あれからも彼女は本当に頑張って元気に仕事や家族のために頑張ってた

それもこれも、彼女が大好きなスポーツジムでの時間があったから。

彼女もそう言っていたし、私も見ててそう思った。


その彼女が、ジムで

とんでもない大怪我をしてしまったのは

私がちょうど横浜に行きっぱなしになっていた最中のこと。

スタジオで転んで右手を怪我して、そのまま、病院に行ったと

友人が知らせてくれた。


横浜から彼女に電話して経緯を聞き・・・

その後も時々経過を知らされてはいたけれど・・

彼女に後遺症が残ってしまったのはジムの誰も知らない。




なんで神様は彼女にばかり試練を与えるんだろう・・

あの時は本気でそう思った。


ちょくちょく連絡を取っていた私だけど、そのうち・・辛くなった。

彼女がどれほどジムが大好きだったかを知ってるから

ジムに相変わらず元気で行ってる私が

「元気?」と言うのが辛くなった。


「包丁が上手く持てなくて・・」

「まだ運転ができないんだよね」

そんな事を彼女に言わせる自分が、非情に思えてきた。

ダンさんにも相談したら

「今はそっとしておいてあげたら?」そう言われた。


最後に連絡を取ってから1年近くなるかなあ・・


偶然、本当に偶然

彼女とバッタリ遭った。



お互い「わっ!」って目を見張って。


彼女は元気だった。

から元気じゃなくて、目も肌も声もイキイキしてた。

右手にはギブスのような補助具があったけれど

運転もしているようだ。


彼女のほうから「ジム、行ってる?」と聞いてきた。


そして、なんと

「私も今、ジムに行ってるのよ~」って嬉しそうに言った。

えええ~っ!♪


それは、彼女があの頃、時々通っていた他ジム・・正式に入会したんだ!

「やっぱり、どうしても行きたくなっちゃてね^m^」

「仕事が忙しいから週一回ペースだけどね」

嬉しそうに彼女が言った。

そうかぁ・・♪

ジムに行ってるんだ~!

なんだか、むしょうに嬉しかった・・


「カミさんも元気そうで、良かった~♪」と言われてしまった(^^ゞ


なんか、余計なことを考えて、

連絡しにくかった自分が恥ずかしくなってしまった。



彼女、もうすぐ仕事関係でスキルアップの試験があるんだって、

張り切っていた。


頑張ってね、またゆっくり会おうねって約束して別れた。


頑張ってるなあ・・・


凄いなあ・・・


今日のビタミン、もらった~~い♪  

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by dansantokamisan | 2014-02-11 16:37 | 忘れられない話 | Trackback

妹の形見分け(前編)


先月、妹のだんな様だった人が亡くなった。

母がその知らせを聞いたのが、諸事情で、葬儀の後だったため

先日、ダンさんと私、そして母の三人で自宅にお参りに伺った。

一人暮らしだったため、遺品は全て処分するという。

何か欲しいものがあったら、持って行ってくださいと言われたけれど

雑然としたその家の中を家捜しする気もなく

かといって、母としたら、あの時、結局「形見分け」をしてもらう機会がないまま

時が過ぎてしまったので

妹が住んでいたこの空間の全てがなくなると思えば、

何でもいいから欲しいと思ったらしい。

それで

母が妹に贈った漆塗りのお椀揃えを、なんとか探して持って帰った。





私は、本当は、「もしもあったら手にとりたいもの」が


ふたつ、あった。


あったけれど、行く前から諦めていた。

あの雑然とした部屋の中で見つけることは到底不可能だから。



ひとつは・・・



妹の日記。

独身の時の日記。

私も妹も当時、ずっと日記をつけていた。


いつごろのことだったっけ・・・

二人で話しているときに、約束したことがある。

うんと若い頃だ。


「二人のどちらかが死んだら、残っているほうが、相手の日記を読まないで処分すること」

お互いが相手を信頼して託した「遺言」だ。


だけど

私は・・その約束を実行できなかった。


日記がどこにあるか、遺族に聞くことさえできなかった。

でも、きっと家の中のどこかにあったはず。

でも、探して、「捨てるから私に渡して」・・と残念ながら言える機会もなかったし

もしも日記の存在を知られたら、それは妹が一番嫌がる結果になったかもしれないから

話題にもできなかった。そして時間が流れた。


今回「形見分け」らしき言葉を聞いて

久しぶりにその事を思い出す機会は与えられたけれど

約束を守れなかった情けない自分を改めて責める以外、なんの役にも立たなかった。


それでも、悶々と考えているうちに、自分に都合の良い解釈に辿りついた。


この家の全てのものは、たぶん業者によって処分するだろう。

「遺品整理」という形ではなくて「処分」という形で。

全て「処分」してくれるという事は

私が処分しなければならなかったものも処分してくれるはずだ。

そう思うことにしよう・・


そして、二つ目の「あったら手にとりたかったもの」

それは、思わぬところにあった。 後半はこちら

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by dansantokamisan | 2013-06-23 16:47 | 忘れられない話 | Trackback

妹の形見分け(後編)

私が欲しかったもう一つのもの。

それは一本の「カセットテープ」だった。


それは処分したいのではなくて、本当に形見分けとして欲しかったもの。


二人だけの姉妹だった私たちは

よく私の部屋で、とりとめなくお喋りをしていた。

なぜかいつも、妹の部屋ではなく私の部屋だったな。

あるとき

若いときのこういうお喋りって、録音しておいたら

きっといい思い出になって面白いんじゃない?ということになって

妹が部屋からカセットを持ってきて、その前でのお喋りになった。


最初は多少緊張していた二人だったけれど

そのうち、本当にリラックスして、実に他愛ないお喋りに無中になって・・

そのうち二人で「ムーミンの歌」なんぞ歌ったり・・・


その後、よくそのカセットを再生して

その内容のくだらなさと楽しさに二人でお腹を抱えて笑ったっけ・・

これは絶対に、二人が年を取って聞いたら、可笑しいよね・・

そう確信していた。

二人の宝物になるはずだった。



妹が結婚したときも、勿論、それは持って行った。

妹の家で、そのカセットテープを聴いたこともあった。

もう、ずっとずっと昔だけど。




妹が住んでいたその家の中を

今更

家捜しのようなことをする気も無く、できたとしても、その雑然とした中で

小さなカセットテープが見つかる奇跡などあろうはずもなく・・

とうに諦めていたものなのだからと・・




帰宅途中の車の中で

私は母にさりげなく、そのカセットテープの話をした。


すると

母が思わぬことを言った。

「カセット?それ、もしかしてウチにあるかもしれない」


え?まさか・・だって、妹は結婚してからも持っていたもの。


母は「でも、なんかアナタと喋った・・とか、

あの子(妹)の字で書いてあった気がするけど」


母が言うに



昨年、父が亡くなってから、家のリフォームを始める前

潔いほどの「断捨離」・・・大整理を敢行した際

どこからか出てきたというのだ。

特に何を思ったワケでは無いけれど、妹の字が書いてあったので

一応取っておいたという事だ。

母に言われても

私はまだ「まさか」という思いで半信半疑。


母も果たして、それが、私の言うところの「大切なテープ^」かどうか

イマイチ確信が持てず半信半疑。


家に帰ってから

そのテープを「これなんだけど」と持ってきた。


これ!!

そう!これ!

横浜の実家にあったなんて・・

一体、いつ、妹が実家に持ってきたのかはわからない。

母も預かった覚えも無いし、私も聞いていない。


だけど、それは確かに実家に戻ってきて

そして

昨年、偶然母が見つけて取っておき、

そして私の話で思い出してくれ・・

今、私の手元にある。



カセットには妹の字が両面に書かれてあった。

私は忘れていたが

初めてカセットで吹き込んだ二年後に

もう一度、二人の会話をB面に吹き込んだのだ。


A面には

「S50・8.18(月)夜
〇〇(私の名前)ちゃんの部屋で
二人でくだらないおしゃべりをしたとき・・。いい思い出になると思う。」


B面には

「S52.9.9(金)夜
あれから2年後、また記念にと二人でおしゃべりしています。成長したかな?」




まだテープが生きてるかどうか・・

聴いて無いからわかりません


あんなに手にしたかったカセットテープ

聴くかどうかわからない

私がちゃんと冷静に、まともに聴くことができるか

今は自信ないから。


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by dansantokamisan | 2013-06-23 16:45 | 忘れられない話 | Trackback

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突然ですが・・

上の一枚の写真は、母です。

母の若い頃・・・20代の頃です。

着ている着物は、コートで隠れているけれど、私はハッキリ憶えています。

若く結婚して生活が大変だった母が、初めて買った「よそゆき」の着物です。



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私の手元にはモノクロ写真しかないけれど、

濃い紫色の地に銀色の大きな花の刺繍が施されて、

今思うと当時としては斬新な柄でした。

子供心に、それを着た時の母を綺麗だと思いました。


そのずっと後、生活の余裕が少し出てきてから、

母は随分たくさんの着物を買いましたが

私は、あの着物が今でも一番好きです。


母もあの着物には特別の想いがあるようでした。


その着物は

長い間、箪笥に仕舞われていたままで、随分傷みもあって


着ることはできなくなっていましたが


昨年秋、私が預かってきました。


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少し、実物より明るく撮れています。

実際は・・




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こんな色合いですが、考えたらパソコンによって、色合いは違って見えましたっけね。



なぜ、預かろうと想ったか・・・それは・・







母は

この3月に八十歳になりました。

「傘寿」(さんじゅ)です。






そして・・・

あの着物は

こうして蘇りました。






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実は・・ビタミンを読んで下さっている皆さんはお分かりかと思います。


こういう素晴らしい傘を作ってくださったのがどなたかという事・・

そう、三河屋洋傘店です。


母は、昔から傘が好きで、

雨の外出の時には、服と傘の色合いも考え持って行く人でした。

今も何本も傘を持っていて

私がたまに傘を借りようとすると、

私が着ている服を見て「これが合うんじゃない?」と選んでくれます。



その母が「傘寿」を迎えました。



前から、三河屋洋傘店さんを知っていた私達は、

是非、この傘屋さんに

母の着物で傘を作ってもらって

八十になった母にプレゼントしたいとずっと思っていました。



三河屋洋傘店さん・・今は全国的に有名になってしまって

一年半待ち、二年待ちでも注文が来るとか・・


そんな事はちっとも知らなかった私達だったのに・・

私達の思いに

「着物、一応もって来てごらん」と言ってくれた御主人


ありがとうございます



期日の約束も何もしないで

それでも、預かってもらえたことが嬉しくて。



しかも、思いもよらないくらい早く

傘が仕上がったと連絡があって


「女房が、これをやけに早く作る気になってね」と・・


ありがとうございます




仕上がった日に奥様から

「お母さんのお誕生日はいつ?」と聞かれて答えたら


「判っていたら、その日に間に合うように作ったのに」と。




・・ありがとうございます





「世界で一つしかない傘だからさ」


ご主人がそう言って、この傘の写真を撮っていた。




ありがとうございます



私にとっても、こんなに嬉しい傘は初めてです


世界でたったひとつの傘です




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このお店に私の母の着物で作った傘が、こうしてあるなんて・・

夢をみているようです

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by dansantokamisan | 2012-03-15 20:53 | 忘れられない話 | Trackback


これを読んでくださる人が居たら、前編から是非お願いいたします。 



前編で、ちょっと苦いビタミンを書きましたが、その続きです。

そう・・・まだもう一つ波紋がありました。

でも、Aさんからのメールを先にいただいて、
その後もいろいろお話をしていただいたおかげで、
本当に素直な気持ちでもうひとつの「波紋」を受け止めることができたんです。

その事も、折角だから、ここに書いてしまいますね

・・・・・・・・・・・・・


Aさんのメールから数日たったある日
当時、御付き合いをしてくれていたHP管理人さんから一通のメールが来た。

それは「お願いがあります」というタイトルだった。



その管理人さん(とても温厚な優しい男性)からのメールの内容は
こんな風であった。

「自分のHPで、ダンカミさんの書き込みについてちょっと議論があった。

昔からHPをしてる人達にとっては内容に違和感があったらしく、

〇○さんが少し厳しい内容の書き込みをしていたので管理人の一存で削除した。

でも、自分としたら〇○さんも悪いわけでなし、ダンカミさんも悪いと思わない。

だから一方だけ削除するのではなく

もう少ししたら申し訳ないがダンカミさんの書き込みも削除させてほしい」
 と。


私は慌ててそのHPに飛んでみた。

その〇〇さんの書込みはもうなかったけれど、他の方の〇〇さんへの意見は残っていて
皆さん、真剣に真面目に意見交換していた。

私は身のすくむ思いで読んだ。穴があったら入りたい・・・


勿論、私の配慮の足りなさがこういう事態を招いたのは紛れもない事実。


私は管理人さんに、真剣にお詫びのメールをした。

皆さんに不愉快な思いをさせてしまって本当に申し訳ないと。

そして、その書込みを削除された〇〇さん(掲示板で直接お話をしたことはなかった)にも
不愉快な思いをさせたことへのお詫びメールをした。

〇〇さんはHPをしていなかったけれど
当時はメールアドレスも書き込みで公表していた方が多かったし、
掲示板での意見もいつものHNでしてくださっていたので
こうした謝罪をすることができたのだ。

〇〇さんからはすぐに返事が来た。

「誰かを特定して言った意見ではありませんから気にしないでください」と。
そして
「自分こそ周囲をお騒がせして申し訳ない気持ちでいっぱいです」
「(ふるむーん温泉は)ほのぼのしたHPでお二人の人柄を感じます」
など

いろいろ言いたい事もあるだろうに、
こちらの気持を気遣ってくれた思いやりに溢れた内容

私達こそ、彼の優しい人柄を感じて、ますます申し訳ないと思った。

今は、そのHPは無くなっている(と思う)が
そこの常連さんだった〇〇さんは、今でも、他の掲示板でお見かけする。
あの時と同じHN。なんだか懐かしいし嬉しい。

彼が、うちを思い出して、ダンカミのHPを覗いてくれる事が万が一あったとしたら・・
うちもあの頃と同じスタンス、同じタイトル、同じHNで
相変わらずのHPをしてることを懐かしいと思ってくれるだろうか。

あの時の〇〇さんの思いを受け止めたネットの付き合い方を守っていると思ってくれるだろうか。


・・・・・・・・・・・・・


こうして自分たちにとっての大事件は
なんとか一件落着をしたのです。

随分前の事だし、他の人たちにとっては大した内容ではないので
記憶にある人がいるわけなく、ブログやツイッターなどの普及で
ネット事情もあれから随分変わってきています

でも、私達は、あの時の事は、ずっとずっと忘れないでHPをしている・・
その事だけは確かです。


最初のほうで「苦いビタミン」と書いたけれど

正直言うと、あの件は、あって本当に良かったと思っていますし
今となっては大切な「糧」になっています。



前編で書いたAさんには、特に感謝しています。

私は彼女にメールで「恩人です」と時々いうのだけど、
彼女は理由を判っていないと思うし
これを読んでも、そんな事ありましたっけ?と笑って仰るかもしれません。


恩人と言う言葉は簡単につかってイイかどうかわからないけれど
恩人と思える人がたくさんいるというのは幸せな事だと思っています。




あの後、

AさんはHPを続けていますが掲示板は閉じてしまわれて、
以前ほど行き来がなくなっていたのだけれど
つい最近、本当に久しぶりにメールをいただきました。

うちのHPをとても好きだと言ってくださって
ダンさんと二人で、本当に嬉しくて・・

現在は
昔でいう「ペンフレンド」のような関係で親しく楽しく御付き合いさせてもらっています。

掲示板にはあまり登場なさらないけれど
うちのHPを隅から隅まで読んでくださって(別館も)
本当に嬉しい内容の感想をメールでくださっています。

HPでも人生でも大先輩の素敵な女性です。


本当はAさんの事でも紹介したいことが山ほどあるのだけれど
許可をいただいてないまま書いているので、今は「Aさん」とだけ書かせていただきます。

Aさんへの感謝の気持ちはHP開設1年の時も3年の時も5年の時も
機会ある毎に書こうと思っていました。

書きたかったけれど、なんだか書きにくくてそのままになっていました。

書き終わって、なんだかホッとしています。
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by dansantokamisan | 2010-10-08 23:02 | 忘れられない話 | Trackback

先日のオフ会の記事UPで
番頭さん女将さんが私たち夫婦の恩人だという事を話しました。

「恩人」という言葉が出たので思い切って、もうひとつ書きたかった事を書いちゃおうかな。

もう、ずっと前から
書こう書こうと思ってた事があるんです。



私にとっては、ちょっぴり「苦いビタミン」だけれど、大切な忘れられない話です。





・・・・・・・・・・・・・


8年も前の事。

HPを楽しく始めて4か月ほど経ったある日
私はお付き合いしてくれていた、多くのHPに嬉々としてある文を「発信」した。
なんの疑問も躊躇もなく、謝意のつもりだった。
だけど、今思えばもっともっと、いろいろ気配りをしなくちゃいけなかった。


その事自体を詳しく書くのはちょっと難しいんです。
説明がとっても長くなってしまいそうなので・・
ネット環境が今と全然違っていた頃の話だし、価値観も変わってるし。

それに何より書きたいのは「その後」の話なので。

私がネットの中でミスをした・・そう考えてください。

相手を傷つけるとかそういう基本的なマナー違反ではなくて
本当にHP初心者だった私たちの独りよがりのミステイクでした。




ネット発信して数日後、一通のメールが届いた。

HPの大先輩のAさんからだった。

タイトルは「言いにくい事ですが」だったと思う。
なんだろう?

内容を読んだ時、正直・・なんといっていいか判らないが
最初は水を浴びせられたような気がした。

その内容は、
先刻私たちが知り合いのHPに発信したこと

それを「するべきではありませんでした」とキッパリと書いてあった。
「苦言を申し上げます」と書かれ、

なぜしないほうが良かったか・・の理由や
HPというものの性格が
丁寧に判りやすく書かれていた。

「水を浴びせられた」という表現をしたけれど
それは本当にほんの一瞬。

あとは、
「わぁ・・・どうしよう・・そんなつもりでは決して・・
でも・・そうかぁ、そういう風に取られることも・・言われてみたらそうかも」

と、ただただオロオロ。
でも、もう発信した後で、どうしようもない。
削除も可能だけれど、レスもいただいているし、今更不自然。

時間を数日前に戻したい・・本気でそう思った。

そして、気持が少し落ち着いた時
やっとメールをくれたAさんの気持を思った。

Aさんの
このメールをくれるまでの心の中を思った。

毎日のように掲示板で会話している私に、
こういう内容のメールを書いた彼女の気持ち・・

迷ったと思う。相当迷ったと思う。

昔から親しいわけでもなく、知り合って数か月の新参者のHP仲間。

間違っていると思うことがあっても、見て見ぬ振りで
知らん顔して付き合いを続けることはできたはずだ。

いや、普通はそうすると思う。
自分に直接関係ない事なら尚更。
憎まれ役をする筋合も義理もない。まして、ネットはバーチャルの世界。
会ったこともない、どこの誰とも知らない相手に
わざわざ注意をしてあげる必要がどこにある・・普通はそう思う。

それを彼女は「苦言」といいながら、忠告してくれた。
今後は気を付けたほうがいいと諭してくれた。

私たちの事を考えて、言いにくい事を、敢えて言ってくれた


私は、その事に有りがたいと思った。心底、有りがたいと思った。

そして彼女にその気持ちを伝えた。

すぐに彼女から
「御付き合いが終わるかもしれないと覚悟して書いたのに、
判ってくれて本当にほっとしました」
という内容のメールをいただいた。



やっぱり・・相当の迷いを経て、メールをくださったのだ・・

ありがとうございます
拝みたいくらいの気持ちだった




・・・・・・・・・・・

・・と、こんなことが有ったんです、昔ね。

でも、波紋は、実はこれだけではなかったんです。

それは、また後編で。

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by dansantokamisan | 2010-10-08 11:42 | 忘れられない話

思うんだけど・・

昨日(9月4日)小淵沢にランチに出かけた。
ネットで見つけて「お気に入り」に入っていた店はすぐに見つかった。

その店の話は詳しくは別ページで書くけれど
ご夫婦で営む、気持の良い店。開店と共に入ったので客は私たちのみ。
テラスでランチをいただいて、店を出た。

この後も、もう一件の店に入ったり、飲み物を飲んだりしたけれど
ダンさんが車の中にバッグを置いたままなので、私が支払いをしていた。

そして夕方・・無事、自宅について着替えなどしていると
ダンさんが
「あれ?」とバッグを開けて首をかしげている。

「どうしたの?」

「おかしいな・・財布をこの中に入れてあったと思ったんだけど・・
車の中かな?ちょっと見てくる」
と。

しばらくして
部屋に入ってきて「おかしいな・・ない」と服のポケットやら荷物の中を探す。

「いつ財布出したのだっけ?」

「最初の店のランチは僕が払った」そう言いながら、ダンさんはまだ
部屋中を探し回っている。

そうだったね・・・財布の中に何が入っていたっけ?

現金〇○円と・・キャッシュカードとクレジットカード・・免許証も・・

わぁ・それは拙いよ・・もしも落としたのなら早く手を打たないと。

だけど、その前に一応、最初の店に電話してみたら?

まだ、自分のウッカリで、帰ってきてから部屋のどこかに置いたと思いたくて

アチコチ探しているダンさんに少し急かしながら私は言った。

もしも店に電話して無かったら(多分、無いだろう)

一刻も早くカード会社などに連絡しなければならない。

ダンさんが店に電話を掛けて「今日、そちらで食事した者ですが・・」と。

そしてすぐに

あ!そうですか!申し訳ありません。ありがとうございました」

電話口で頭を下げている。

そのあとも、「はい・・・はい・・あ、そうですか・・申し訳ありません。

はい・・はい・・ありがとうございます。本当にスイマセンでした」と恐縮した様子で話している。

財布が無事だったことは、勿論私にもわかった。

電話に出たのはお店の奥さんで、

財布を預かっていたけれど、夕方になっても持ち主から連絡が無いので

警察に、ご主人が届けたという。

警察署の名前と係員の名前を教えてもらって、私たちはとにかく一安心で

次の日、再び、小淵沢に向かった。

身分証明書(免許証はないから保険証)と印鑑と、それにお店へのお礼の品を持って。

お財布が無事だったことがとにかく嬉しかった。

その時は、それだけで嬉しかった。運がいいなと思っていた。





警察署は日曜日だけあってヒッソリしていた。

「なんですか?」ちょっと強面(?)の髭の生えた私服の大男さんがカウンターに寄ってきた。

(二課・・暴力団相手の刑事さん?)

「あの・・遺失物なんですが・・」

「拾ったの?落としたの?」

「いえ・・財布を拾ってくれた人が、こちらに届けてくれたと連絡してくれたので」

なんだか怒られているような感じでの対応だったけれど、

財布の中の免許証と本人の顏が同じなのを確認すると

途端にニコッと「同一人物ね」と顔を崩した。

そして書類の書き方も丁寧に教えてくれて、最後に紙片を読みながら

「えっと・・拾ってくれた人の名前は・・」と読み上げようとしたので

「いえ、これからその方のお店にお礼に行くところです」というと

さっき以上に様相を崩して

「そうですか~~♪よくお礼を言ってくださいね」と本当に嬉しそうに言った。


警察署から昨日のお店に向かうまで、山の中の道を10キロ。

ドライブならあっという間だけれど、だけど・・10キロだ。

拾った財布を、店を経営してる人が週末の忙しい時に・・

しかも、拾得物を警察に渡して、はい、ご苦労さまで終わったわけがない・・

さっき、財布を受け取るのに必要な書類の中に、拾得した財布の中身などが

手書きで細かく書かれていたものがあったのを思い出していた。


昨日、来たばかりの店のドアを開ける。

テラスの席にお客が。

店のご主人と奥様は、すぐに私たちと判ってくださった。

「良かったですね~」恐縮する私たちに二人は暖かかった。

当たり前の事をしただけだから・・と言いながら、どこか遠慮がちに

話してくれたことは・・


財布は店内に落ちていて私たちが店を出てすぐに気が付いたけれど

もう車が出た後。

多分、すぐに気が付いて戻ってくるだろうと思ったそうだ。

でも、随分待っても何の連絡もない。

財布が他にもあって気が付かないのだろうか・・と思い、そのあとの事を考えたそうだ。

なんとか連絡してあげたい。

そして「本当に申し訳なかったのですが・・」と言い添えて

「中を見せていただきました」と・・ほんとうに申し訳なさそうに。


そうしたら、大事なカードや免許証の他に病院の診察券があったので

その病院に、まず連絡をしてくれたそうだ(ダンさんのかかりつけ)

ワケを話したら、電話番号などは教えてもらえなかったけれど、

病院からうちへ連絡してくれると言われたそうだ。

現に留守中、何度も病院から留守電が入っていた。

店のご主人の話はこれだけではなかった。



もしも私たちが財布が無い事に気づき、カード会社や銀行に連絡して

カード使用不可にしてしまうと、

あとからそれを取り消したり再発行したりが

とても面倒だろうと

わざわざカード会社に連絡して、うちが紛失届を出しても手続きをしないように話してくれたそうだ。


カード会社はカード会社で、いろいろ動いてくれたそうだ。


その話を「勝手な事をしたけれど」・・のようなニュアンスで遠慮がちにいうご主人。


そして、夕方になっても持ち主から連絡がないので

大事なものがたくさん入っている財布を、置いておくよりも・・と警察に届けてくれたわけだ。

忙しい最中、警察で書類を書かされたり、きっと時間を費やされたことだと思う・・

(何も仰らなかったけれど。)

聞けば聞くほど、私たちはなんて迷惑を掛けてしまったんだろうと思った。

しかも
財布を開いてしまったことを謝られる。

そんな・・・そんな・・
他人の財布を開けるというストレスを持たせてしまったのは、私たちのせい。


助かりました。本当に・・

ドアの外まで見送ってくださって・・

帰りの車の中で
私たちは、なんとも言えない気持ちになった。

さっき、ご主人が静かに話してくれた、財布が私たちの手元に届くまでの

様々なお二人の行動を反芻していた。


できないよ・・なかなか、そこまでしてくれないよ・・


カード会社にまで・・私たちが慌ててカード失効しないように、
再発行は大変だろうからと・・そんなことまで考えてくれて。

昨日初めて来たお客・・それだけなのに。

その優しさ、思いやり、

他人の立場に立って物を考えてくれる人に会って

私たちは正直、感動していた。

車の中で、正直、感動していた。


「人も・・さ。捨てたもんじゃないよ・・ね」

ダンさんがそういった。

ダンさんの、えらいチョンボで、たくさんの迷惑をお掛けしてしまったけれど

私もちょっとだけ、時間を棒に振ってしまったけれど・・

でも、なんだか気持ちの晴れた一日になりました。

うん

人って、捨てたもんじゃないよ、やっぱり。 




追記
このカフェは「4月のさかな」といいます。
お店紹介は、この記事を書いた後に「ごちそうさま」にUPしました。
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by dansantokamisan | 2010-09-05 23:23 | 忘れられない話 | Trackback

お節介オバサン

昨日はいろいろな人と携帯メールで話したが、そのうちの一人とは、このとき知り合った。

記憶してくれている人もいるかもしれないけれど
新宿駅で、私がお節介オバチャンしたときの話。

    
メール友達

彼女はあれから時々思い出したようにメールをくれる。
入退院を繰り返しているらしいけれど、落ち着いているときにメールをくれる。

今回の彼女のメールの内容は書かないけれど
私の返信は

「どこででも誰とでも、出会う事自体が奇跡のようなものだから、大事にしようね。
新宿で私達が出会ったようにね」と。

なんで、こんな事を書いたのかというと・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨日のジムでの事。

前から気になってるメンバーの女の子がいてね(女の子といっても大人だけど)
私が大好きなイントラのかなり難しいエアロに出てる。
一番隅の後で、殆ど動きについてこられないのだけれど毎週来てる。

(ジムって、健康な人ばかりじゃないのよ。心や身体のリハビリで来る人もいるの)

フレンドリーといわれてる(笑)私は、誰にも声を掛けてしまうので
その女の子にも「イイ汗かけたね」とか「楽しかったね」とかナニゲに声を掛けて
最近、顔が会うと、かすかに「にこっ」ってしてくれて
「あ、憶えてくれたのかな」って嬉しくなる。

昨日はその子の付き添いで必ず来てらっしゃるお母さんと話が出来たの。

その内容は私にとっては大事だけれど、ここではどうでもイイことなんで省くけれど
最後に私が「これからもよろしくお願いします」って頭を下げたら
とてもいい表情でお母さんも返してくれた。

そのおかーさんと別れてから
ふと、新宿でのことを思い出し、
その時に電話で話した彼女のおかーさんの気持ちをふと、考えたの。

で、そうしたら彼女のメールでしょう。
この間のビタミンじゃないけれど、これも偶然が重なったってことなのかな・・と
書いてみました。

あはっ・・すいません、それだけ。
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by dansantokamisan | 2010-06-28 10:51 | 忘れられない話 | Trackback